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小話:「音楽が強い」って……?

こんにちは。
小野 史弥です。

2020年正月。いかがお過ごしでしたか?
しっかり正月休みが取れた方、年末年始関係なく実家に帰ることも許されず働き続けられた方、
様々いらっしゃるかと思います。
僕はどちらかといえば後者になりますが、⒋5の土日がお休みが取れましたので、
実家のあん餅を食べながら、大好きな音楽をずっと聴きまくるという、
至極の時間を過ごしました(* ´ ▽ ` *)
管弦楽曲、吹奏楽曲、ゲーム音楽、社交ダンス楽曲などなど……。
好きな曲を何度も聴いていると、今まで気づかなかった部分や箇所にも耳を傾けられるようになり、
新たな発見が見つかって、その音楽がもっと好きになるという。
いや〜、音楽って本当に不思議ですね。

そんな中で様々な音楽を聴いていたり動画をみたり記事を見たり、
実際の音楽活動をしてきた経験の中で、
やはり「???」という頭の中から離れない事がある為、
本日行われるオープンマイクをキャンセルさせていただいて、
今回の記事を書いています。


皆さんにご質問です。
吹奏楽が有名な学校のことをなんて言いますか?
大阪府立淀川工科高校、習志野市立習志野高校、柏市立柏高校、精華女子高校……。
他にも全国にファンがいる程の、最早ブランドを確立しているくらい、
人気の高校吹奏楽がたくさんあります。
勿論本格的に部活動が始まる中学の吹奏楽部でも、
「公立なのに、同じ中学生なのに、なんでこんな演奏ができるの⁉︎((((;゚Д゚)))))))」
というようなあり得ない演奏を奏でる中学校もあります。
また、中学高校にも負けず、大学・一般の部、小学校の部でも、
同様にブランド化したような団体も数多くありません。

そんな何度も全国大会に出場するような学校のことを、
こういう言い方をしませんか?

吹奏楽「強豪校」と。

はい‼︎
僕はここにものすごく違和感を抱いていますε=ε=(怒゚Д゚)ノ


例えばスポーツの強豪校。
サッカーの強豪校、サッカーの名門校、サッカーの有名な学校。
どれを言われたとしても、違和感を感じません。
しかし吹奏楽部において、
「吹奏楽の名門校」と言われれば納得できるものの、
「吹奏楽の強豪校」と言われると、何か威圧的に聞こえてしまうのは僕だけでしょうか。

ちなみに名門校を辞書で調べると、
「学業やスポーツの実績、歴史などから、優秀であると世間に知られている教育機関を意味する表現」
とあります。
逆に強豪校、というワードではヒットしませんでしたが、
強豪→「勢いが盛んで強いこと、強くて手ごわいこと
とあります。
つまりはそういう学校ってことですね(雑w)

さて、何が吹奏楽を強豪たらしめるのか
理由は簡単というべきか、やはりというべきか。
「コンクール」の存在ですね。
ユーフォニアムという金管楽器が活躍する某アニメよろしく、
多くの吹奏楽部の活動の終着点は、
「全国吹奏楽コンクールに出場し、金賞を獲得すること」です。

そしてこのコンクールが様々なメディアに取り上げられたことにより、
全国大会に出場できること自体が生半可な事ではないというハードルを上げるきっかけにもなり、
「サッカー少年がプロのサッカー選手になる為には、
365日24時間いつもサッカーのことを考えて生活しなければならない(練習だけでなく食生活やメンタルトレーニングなども含む)」
と教え込まれるのと同じように、
家族や自分の時間を犠牲にして、長時間の練習や部活動に打ち込みます。

何も僕はコンクール自体を否定する気はありません。
長時間練習も、本当に上手くなりたい、という気持ちでやっているのであれば、
生徒の自主性を尊重するのが大人の務めです(勿論、無茶はさせてはいけませんが)。
事実、コンクールのおかげで日本の吹奏楽のレベルは格段に上がったと思いますし、
吹奏楽部の経験を生かし、数々の名プレイヤーや音楽家が世界に羽ばたいて活躍されています。
※ジュピターでお馴染み、平原綾香さんも吹奏楽部経験者です。

ただ、そのコンクール熱が
「度が過ぎている」と、僕は感じています(´・_・`)


かなり高いハードルや演奏技術を求められているとはいえ、
そのコンクールに参加するのは、指揮者も含めアマチュアの方がほとんどです。
学生なんて全員がアマチュアです。
なのに、音を外したら「間違えるな‼︎」と怒号が飛び、
マンモス校(部員数が大所帯の学校)にもなれば、コンクール出場規定人数選出のための、
熾烈なレギュラー争いが勃発します。
その激しさは各スポーツ界のレギュラー争いと余裕で肩を並べられます。
また、気合が足りない生徒たちに喝を入れる為、
先生「何の為にこんな練習をしているんだ!」
生徒「全国に行く為です!」
というやり取りを10回以上繰り返し、刷り込みのように全国大会出場の為、
必死に練習させるような場面をドキュメントで見た事があります。
その為、吹奏楽部はよく、
運動部と遜色ない文化部と、よく揶揄されます。

ところで皆さんはスポーツでも、音楽でもその他の芸術でも何でもいいのですが、
何か大会やコンクール・コンテストに出場されたことはありますか?
今もコンクールや大会の出場を控えている方・目指している方、
そして現役を引退されている方は当時を振り返っていただきたいのですが、
現在(当時)、
「何の為に」練習しています(した)か?
そして答える際には、
「◯◯の為に」というふうに答えていただければと思います。


……………………いかがですか?
大半の人は
勝つ為に練習をする(していた)」
と答えられたと思います。


スポーツだったらそれでいいと思います。
スポーツにはどんな競技でも、どんな人数形態であっても、
必ず勝ち負けが存在します。
引き分けという場合もあるかもしれませんが、
大抵の場合は延長戦、サドンデスに持ち込み、
必ず勝ちか負けかを付けたがりますor付けなければなりません。
そうしないとトーナメントだったり順位付けだったりが、成立しないからです。
また、優勝、準優勝というものの「価値」も下がってしまうでしょう。
優勝は1人しかなれないから、優勝というものは非常に価値があるものになりますし、
だからこそみんなこの価値を我がものにせんと、ひたすらに努力するのでしょう。
それがスポーツであり、スポーツだからこそこの構図が成立できます。

ここに冒頭の「強豪校」というワードを考えてみましょう。
高校野球の甲子園、高校サッカーの全国大会、高校ラグビーの花園、大学の箱根駅伝など。
日本全国が注目するような全国大会に毎年出場し、
優勝を何度も獲得した事がある学校は、
確かに強豪校=勢いが盛んで強くて手ごわい学校・団体だと言えるでしょう。

では音楽はどうですか?

勿論吹奏楽コンクール全国大会の金賞の座は、1つしかない、ということはありませんが、
数千ある団体のうち、その栄光を掴めるのは1桁ないし10団体くらいしかありません。
単純計算100校に1校が手に入れられるか入れらないかという割合のため、
その価値がいかに貴重かというものはお分かりいただけると思います。
そんな全国大会に毎年出場したり、何度も金賞を受賞することは
確かに強豪校=勢いが盛んで強くて手ごわい学校・団体だと言えるでしょう。

しかし、再度伺います。
吹奏楽は音楽です。スポーツではありません。
音楽に「強い」って、関係ありますか?
っていうかそもそも音楽に、「強い」っていう概念が必要ですか?
そんなものに意味があります(゚д゚)?

全国大会に出場する団体は、強いのではなく、
「上手い」から上にいけるのではないでしょうか。


スポーツは確かに個々人の技術(スキル)の上手い・下手はあるかもしれませんが、
勝ち負けの物差しは「強いor弱い」です。
どんなに綺麗事を並べても、スポーツの世界では、
強い人(団体)が勝ちます。
では音楽はどうですか?
音楽の演奏の優劣の物差しは、「強いor弱い」というよりも、
「上手いor下手」で表現した方が的確ではないですか。

例えばスポーツで技術を上げる為には、
筋力を鍛えたり各競技に必要な練習を行います。
筋力が上がった時は「筋肉が強くなる」と表現しますし、
各競技のスキルは「上手」くなっても、その技術は直接試合の「勝ち=強さ」に直結します。
対して音楽で技術を上げる為には、
管楽器ならロングトーンで綺麗な音を持続させたり、弦楽器なら速弾きのために指をバラバラに動かす練習をします。
その時、技術が上がった演奏を「上手くなった」と褒めても、
「強くなった」と褒めるでしょうか。

大人になり、たくさんの音楽仲間と触れ合い、
アマチュアのギターコンクール出場に向け頑張っている仲間もいるんですが、
彼らと話をする際、他者の演奏を褒める時は、
必ず「あの人、上手いよね」と言います。
あの人、強いよね」とは言いませんし、言ったことを聞いたことがありません。
彼らはいい演奏の物差しを「上手いor下手」で見ています。

では、似たような音楽形態として、オーケストラはどうでしょう。
全国にもオーケストラがある学校はたくさんあります。
しかし、彼らを比較するときも「上手いor下手」という表現で比較します。
僕自身、高校オーケストラや大学オーケストラ出身ですが、
他校の事を「強いor弱い」で表現していた人は、見たことも聞いたこともありません。
プロのオーケストラの楽団においても、「上手い楽団」という言い方はしても、
「強いオーケストラ」とは表現しないはずです。

なぜ、吹奏楽だけ同じ音楽なのに「強いor弱い」で表現されるんでしょう。
ここからはあくまで個人の意見ですが、先述の通り、
コンクール熱が「度が過ぎている」=「コンクール至上主義になっている」
と思います(*`・з・´)

大規模な音楽形態である吹奏楽やオーケストラにおいて、
タテやリズムを合わせる、ピッチや音程・ハーモニーを合わせることは、
サッカー選手がボールを蹴る、ドリブルをする、シュートをする事と同義なくらい、
当たり前な事です。
しかし個々人の肺活量やクセ、更に楽器1本毎にも微妙なクセがある為、
その当たり前がなかなか合わないのが現実です。
コンクールの予選の評価基準は、音楽性や表現力よりも、
このタテや音程などの基礎演奏技術を見られると言われていますから、
特に中学・高校の指導はこの基礎技術に集中しがちです。
そしてコンクールで「勝つ」為に、間違いなどしてしまえば最早絶望ですし、
間違えば指導者から怒号が飛んでくるわけですから、
「間違えないように」演奏します。
こんな後ろ向きな演奏で、いい演奏ができると思いますか?


友人からの依頼で、とある中学校に合奏指導に行ったときの話ですが、
それはそれは「間違えないように」と、ビクビクしながら演奏に臨んでいました。
音色や表現を聴かせるため、同じフレーズを担当楽器であるFgで演奏して見せたときの事です。
正直初見でそのフレーズを吹いたので、若干ピッチが合っていなかった記憶がありますが、
歯切れの良い発音や息のスピード、音を抜くタイミングやアクセントをつける為のブレスコントロールなど、
自分がいつも鼻歌で歌うような感覚を、そのまま楽器で表現して見せたとき、
子ども達だけでなく顧問の先生さえもポカーン∑(゚Д゚)としていましたw
友人伝えですがある生徒が、
「あんな生き生きした音は今まで聴いたことがない!」と言っていたと話していたそうで、
衝撃を受けていたそうです。
まだまだFgも練習中の身の為、上手いとは言えませんが、
合わせることだけではなく、合わせたその先にある音楽の表現、
また、合わせることそのものも楽しんで、音楽を楽しんでほしいです。

そういえば、槇原敬之さん/SMAPの名曲「世界にひとつだけの花」
こんな歌詞がありますよね。

“それなのに僕ら人間は
どうしてこうも比べたがる?
1人1人違うのに その中で
一番になりたがる?”


冷静に考えるとこの歌詞、
人間及び生物の「生存本能」を皮肉った歌詞とも捉えることができます。
生存本能、つまり「生き抜く、生き続ける」為の本能です。
生きる為、生き抜く為、生き続けることができる唯一の方法。
それは「勝つこと」です。
では勝つ為にはどうすればいいのか。
強くなること」です。
生物界の基本原則は弱肉強食です、強くなければ生きることさえも許されません。
この、人間が何もかもをすぐに比べて優劣をつけたがるのは、
自分の強さをアピールする為の本能活動だからではないかと、
ふっと頭をよぎることがあります。

そもそも、音楽のコンクールだってそうです。
音楽の本質は演奏技術の優劣を争うものではなく、
その演奏を聴いた人に何を伝えることができ、何を残すことができるか。
すなわち、聴いてくださった人を感動させる音楽を届けること」
これが音楽の本質のはずです。
しかし、本当に人間というのは、
他者と比較して、自分が優位に立つことが好きですよね。
いつの間にか、人を感動させる為の演奏が、
演奏技術や腕を競う為の比較対象の道具になってしまっているのですから。
勿論、その中でも聴いた人を感動させる、不思議な魅力を持つ音楽家も生まれるわけですが、
教育現場である中学高校においては、
子どもの競争心が高いという特性を利用しているようにしか思えません。

それに吹奏楽界では、吹奏楽連盟に所属の指導者や無所属の指導者による派閥、
さらに連盟内の派閥もあるようで、
まさにスポーツ並みの「勝つ音楽」を指導する指導者も多くいると伺っています。
地域のイベントや様々な演奏会、
地域の方への恩返しとなる吹奏楽イベント二大巨塔の1つ、定期演奏会でさえも、
「コンクールを見据えた練習の場」としか考えずに、
聴きに来てくださった方への感動や、子ども達の達成感を無視して、
「これがコンクールだったら……」と、常にコンクールを引き合いに出し、
反省会という名のダメ出し会を行うような学校もあるそうです。

そんな活動に、音楽を楽しむ感情を育成できるんでしょうか。
音楽が果たすべき本当の役割を担えているのでしょうか。


こんな記事を書くと、必ず「コンクールに向けて頑張っている」人達から、
たくさんのバッシングを食らうことでしょう。
勿論覚悟の上です。
同じ団体内でも、「コンクール至上主義派」と「演奏を楽しみたい派」で
派閥が出来上がってしまうのですから。
っているか、同じ団体内でこんな派閥が出来上がる事自体、
1つの音楽を作り上げる共同体として、正直論外なんですけどね……。

言い逃げではなく本心ですが、コンクールに向かって頑張るのであれば、
精一杯頑張ってほしいです。
ただ、勝つ為の音楽ではなく、
「聴いた人を感動させる音楽」を演奏する音楽を、
強い演奏ではなく、「うまい演奏」を心がけてほしいです。
音楽は「上手いor下手」に物差しで測られることはあっても
「強いor弱い」で測るものではないのですから。

それでは、今回はこの辺で!
読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m
明日もいいことがありますように🌟

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・日時:1月15日(水) 20:00より
場所:音楽酒場ブギ
・日時:1月18(木) 時間情報未定
場所:御縁屋赤坂

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よろしくお願いいたしますm(_ _)m
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プロフィール

小野 史弥

Author:小野 史弥
1990年、福岡県北九州市に生まれる。
5歳からピアノを始める。
小学5年時、親の都合で福岡市に引っ越ししたのを機に習いに行くのは辞めたが、当時から好きな曲を耳コピーしてピアノを弾き続けた。
中学時代に吹奏楽部、高校・大学時代に管弦楽部に入部、パーカッション、ファゴットを担当。
25歳の時、とあるバーでオープンマイクなるイベントを知りピアノ演奏を披露、以降そのバーや近隣のバーで演奏活動を行う。
長年の演奏活動にて培われた音楽知識や感性を元に、オリジナル曲の制作や音楽講座のイベントを積極的に行う。特に音楽講座については、音楽経験者・未経験者問わず、音楽の楽しさや素晴らしさを伝えるため、日々ネタを温めている。

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